
原子力発電
静特性と動特性
原子炉の挙動について、理論的に考える時に用いられるのが動特性方程式です。ここではその式の成り立ちと取扱いについてみていきます。
核分裂
ウラン235に中性子が衝突すぅると、核分裂が起こり熱を発生するとともに、さらなる中性子を発生して連鎖反応が続いていく事は先に述べたとおりです。ただし、この衝突の際に必ず核分裂が発生するわけではありません。衝突したうち、16%は中性子を発生せずに、核廃棄物であるウラン236となってしまいます。したがって、残りの84%は核分裂反応を起こし、2つの核に分かれるとともにe個の中性子を放出します。この放出された中性子は非常に速く動いている高速中性子でありそのままでは核分裂を起こせないため、水により減速されて熱中性子となった後に次の核分裂を起こします。

したがって、中性子が1回当たった時に生じる中性子の数 η は次式により表されます。一般に ν は2.5-3程度です。
中性子増倍率
先ほど放出されたη個の高速中性子(そのエネルギーは一般に2 MeV程度)すべてが熱中性子となって次の連鎖に進むわけではありません。
①ウラン238による核分裂
0.1 MeV以上の高速中性子はウラン238と核分裂を起こすことができます。したがっ
て、これにより一定数中性子が増加します。核分裂直後の中性子の数と0.1 MeVまで低
下したときの中性子の数の比を ε とすると、0.1 MeVでの中性子の数は ηε 個となりま
す。この ε を高速核分裂因子と呼び、濃縮率5%で1.07前後の値をとります。ま
た、燃料中のウラン238が多いほど高速中性子による核分裂も増えるため、ウラン235
濃縮度の増加と共に ε は減少していきます。
②ウラン238による共鳴吸収
0.1MeVから0.025 eV程度の中性子はエネルギーが足りないため、先ほどのようにウ
ラン238と核分裂することはありません。一方で、このあたりの特定のエネルギーの中
性子はウラン238に良く吸収されます。これを共鳴吸収と呼び中性子数を減らす要因と
なります。このとき、共鳴吸収を起こさない確率を共鳴吸収を逃れる確率と呼
び p で表します。したがって、無事に0.025 eVまでエネルギーが低下した熱中性子の
数は ηεp 個となります。p は濃縮率5%で0.7程度の値をとり、濃縮率が増加するほ
ど1に近づきます。
③燃料被覆管や制御棒、減速材による吸収
無事に熱中性子となったものも次の核分裂を起こす前に燃料被覆管、制御棒減速材に
より吸収されてしまいさらに数を減らします。この吸収を回避する割合を熱中性子利
用率と呼び、f で表します。f は濃縮率5%で0.85程度、濃縮率が増加すると f も1に
近づきます。
以上より、原子炉が無限大の大きさを持つ場合、核分裂前の中性子と核分裂後の中性子の比 をk∞とすると次式のように表すことができます。
この k∞を無限増倍率と呼び1世代で中性子がどれだけ増加するのかを表しています。また、この式は右辺が4つの因子から成るので4因子公式と呼びます。
実際には発生した中性子は上記のほかに原子炉から外へと漏れ出していくことも考えなければなりません。高速中性子が原子炉から漏れない割合を Lf 、熱中性子が原子炉から漏れない割合を Lt とすると有限大の原子炉における増倍率は次のように表せます。こちらは6つの因子から成るので、6因子公式と呼ばれます。
keff = 1の場合は、1つの中性子から核分裂を起こして発生した中性子の内、つぎの核分裂を起こす中性子の数も 1 であることを意味し、時間経過と共に中性子数は変化しません。この状態を臨界状態と呼びます。keff >1であれば時間と共に原子炉内の中性子数が増加していき、臨界超過と呼びます。一方でkeff <1の場合は中性子数が減少し、臨界未満と呼びます。
中性子増倍率と運転制御
原子炉が定格運転している際は、出力が増減しては困るため中性子数を一定に保つ必要があります。したがって、原子炉の起動は出力が定格かつkeff = 1である臨界状態を目指すという事になります。
まず、原子炉には制御棒を引き抜いた際にkeff > 1となるよう余分に燃料を装荷しておきます。当然停止状態では制御棒が全挿入されていますので、制御棒を引き抜いていきf を大きくすることでkeff > 1となるようにします 。この状態では中性子数が徐々に増加していくとともに発生する熱量も増加し定格出力へと近づいていきます。出力が定格となったら制御棒を一部挿入し、keff - 1の分を制御棒で吸収させ臨界状態とします。燃料を消費するとそれに伴ってkeff も減少していくため、臨界を保つため適度に制御棒を引き抜いて減少分を補う必要があります。
この臨界を保つために制御棒で吸収する増倍率を余剰増倍率と呼び、kex で表します。
また、
即発中性子と遅発中性子
ここまで述べたように、中性子は核分裂により生じます。このような核分裂後、即座に発生する中性子を即発中性子と呼びます。一方で、核分裂により生じた分裂核(FP, 一番上の式でいうところのAやB)の一部もβ崩壊により中性子を放出します。このβ崩壊は即座に起こるわけではなく、その分裂核の半減期に応じた時間が経過したのちに中性子を放出します。このように核分裂から遅れて生じる中性子を遅発中性子と呼びます。
即発中性子だけを考えてみましょう。例えばkeff = 1.001とすると、核分裂が1秒で10000回起これば(1.001)^10000より、たった1秒の間に中性子数は20000倍になってしまいます。このような即発中性子だけで臨界状態にしようとしても、とても制御することはできません(瞬時に暴走してしまいます)。そこで、実際には遅発中性子も利用して臨界状態へと持っていきます。すなわち、必要な中性子の内、即発中性子が負担するのは一部にしておき、残りを遅発中性子により賄うようにすることで、より増減の速度が遅くなり、現実的な制御を行う事ができるようになります。
全中性子数中の遅発中性子の割合を β で表します。このとき、ρ = β となるような反応度を1ドルと呼びます(その1/100は1セント)。この1ドルという値がどんな意味を持つかというと、原子炉を運転する際、反応度は1ドル以下となるように運転しなければなりません。万が一、反応度が1ドルを超えると、即発中性子のみで臨界に達するようになってしまい、あっという間もなく(比喩ではありません)出力が上がって重大事故となってしまいます。
であらわされる値を反応度と呼びます。このように比をとって無次元で表す場合もあれば100をかけて%で表すこともあります。臨界(keff = 1)のときは ρ = 0、臨界超過の時は正の値、臨界未満では負の値となります。
動特性方程式
実際に反応度が変化した際の出力変化は動特性方程式により表されます。
まず、即発中性子のみで考えてみます。

遅発中性子の割合が β なので、即発中性子の割合は( 1 - β )となります。これに中性子数をかけると即発中性子数となります。これが変化前の即発中性子数です。ここへさらに中性増倍率をかけると変化後の即発中性子数となります。これらを、その変化に要した時間で割ります(高校で学習した微分の定義を思い出してください)。すなわち、中性子の平均寿命(1サイクル)における中性子の増え方を表したものが中性子増倍率ですので、中性子平均寿命 l で割ることにより即発中性子数の時間変化を求めることができます。
つづいて、遅発中性子による変化を考えてみます。

遅発中性子数の変化は先行核の β 崩壊と共に起こります。したがって、遅発中性子の発生する速度は先行核の崩壊速度と言い換えることができます。これは先行核の密度 C と先行核の崩壊定数 λ とをかけることで表すことができます。ただし、β 崩壊により中性子を放出する先行核は1種類ではなくいくつか存在します。また、その崩壊速度はそれぞれで異なっています。したがって、この各先行核の λC を足し合わせることで、遅発中性子の時間変化とすることができます。厳密には各先行核について足し合わせる必要がありますが、一般に崩壊定数の近い先行核ごとに6グループに分け単純化して解析を行います。したがって、Σはi=1から6となります。
また、先行核密度C i については次式が得られます。

先行核の生成速度は即発中性子同様、中性子増倍率×先行核 i の割合×中性子数 / 中性子寿命となります。また消費速度は先行核 i の崩壊定数×密度となります。
以上より、中性子数の時間変化は次の2式で表すことができます。
